自我の確立で大切なこと!ナンバーワンかオンリーワンを目指す

人間には、自分にしかできない固有の生き方をしたい、自分の可能性を大限に実現したいという欲求があります。
日本人は「自我の確立」にも重点を置いた社会生活を送っていると思います。
親にかわいがられていても子供は反抗するようになる。自分に自身を持ちたいと思うようになるからです。私たちの大半はこの欲求に基づいて行動していることが多いので、自尊心を養うことはとても重要になってきます。なぜならそれが満たされると次のステージに進めるからです。

それでは、具体的に他人からこの人はスゴイと思われるようになるには?
それは自分がある分野で一番(第一人者)になることです。
人は一番以外にはあまり興味を示さないように創られています。
数十億個の精子の内、たった一つの精子だけが、 めでたく卵子と結びつくことができたあたりから、 人間は、一番以外にあまり意味が無いように感じるのかもしれません。

例えば、 日本で一番高い山は、富士山ということを知っていても 2 番目に高い山を知っている人は、極端に少なくなります。
(答え:北岳 3192m、1 位の富士山は 3776m)

日本で 2 番目に大きい湖は?
1 位:琵琶湖 2 位:霞ヶ浦

日本で 2 番目に大きな面積の都道府県は?
1 位:北海道 2 位:岩手県

一番には、“ナンバーワン”と“オンリーワン” があります。
ナンバーワンは既存の分野で一番になることです。
オリンピックで金メダルを取ることがその一番いい例でしょう。
オンリーワンは、自分である分野を開拓してそこでの一番乗りを名乗ることです。

すでに存在する分野で百人中3番以内に入るようであれば、ナンバーワンを目指します。
しかし、それ以外の方(もちろん私を含めて)は、オンリーワンを目指しましょう。

ナンバーワンまたはオンリーワンになることで、自分に自信を付けます。

このステージを充足する方法論は下記の手順です。
下記の手順に従って、行動することがこのステージでのもっとも効率的な欲求充足方法です。
1、目的 2、手段 3、目標 4、戦略 5、仕組 6、戦術

目的=一番になること。
(例)一番のカウンセラーになる

手段=要素のリストアップをすること。
(例)能力、経験、知識の棚卸し

目標=一番になる分野を決定すること。手段の規模に合わせて目標の規模を定める。
(例)広島県 心癒し研究分野

戦略=競争相手よりも相対的優位(差別化)を継続する仕掛けを作ること。
(例)ビジネスモデル。

仕組=作業の流れを作ること。
(例)反復繰り返し作業のマニュアル化。

戦術=作業を効率化すること。
(例)スピードアップとコストダウンのための雛形化

言葉は自己を主張するために生まれたことはすでに述べました。
その主張を相手に納得させるのが、“なぜ”(=理由)であり、 主張通りにする方法が“どうする”なのでしたよね。

言葉の基本構成は、この「主張」・「理由」・「方法」のトライアングルでできています。
そして、通常は、「主張」+「理由」または「主張」+「方法」の組合せだけで事が足ります。

ただし、この自我確立の欲求段階になると、 絶えず念頭においておかなければならないことがあります。
それは、「誰のためにそれをするのか?」ということです。
親和欲求の段階までは、質よりも回数が重要でした。
しかし、1 番になるためには相手への思いやりが必要になります。
ひとりよがりでは納得性に欠け、1 番になることは難しいのです。
そして、「主張」すると言っても他人の欠点を指摘して終わり、では答えは出ません。
同じことの繰り返しになります。
他人のせいにしている間は、人生ステージのステップアップはできません。

他人のせいにする人たちにはある特徴があります。
それは、話をしているとき、主語が自分よりも他人である比率が圧倒的に多いということ。
「わたしが・・・」ではなく、 「あなたが・・・」「ヤツが・・・」「彼が・・・」「彼女が・・・」という具合に。
「あなたが・・・だ」と、言ったから私はそれに反応しただけ、という受身の考え方なのです。
相手が自分のために変わってくれれば問題は解決しますが、 そうでない場合は現状のままです。

多くの場合、相手を変えることはできます。
ただし、これには順番があることはすでに述べました。
まず自分が変わる。
すると相手も変わる。
今の自分を変える→過去の認識を変える→他人の自分を見る目が変わる→善循環が始まる
つまり、いずれにしても問題解決には自分を主体とした考え方が必要になります。
人は、未来以外は変えられます。
自分が見ている世界は認識の世界ですから、 起こっていないことは変えられません。
変えられないものや変えにくいものを変えようとするのではなく、 変えやすいものから変えていけばよいのです。

話を戻しますが、問題解決できるよう主体的に考えるにはどうすればよいのか?
私の場合は、形から入るようにしています。
会話文の主語が「私が」になるように注意する。
とにかく「私が・・・」という出だしで会話文をはじめてしまう。
このように「私が・・・」で会話をはじめてしまうと、 「私が・・・、だから今後、私は・・・します。」と、必然的に解決文を含む内容になってしまうのです。

「あなたが・・・」で会話を始めてしまうと、解決文が含まれないか、 含まれていても相手に依存した形になってしまいます。これでは問題は解決できません。

ここまでのまとめ
(3)親和欲求 と(4)自我欲求
これらは、自分が他人から良く見られたい、精神的癒しの欲求です。
生命の危険にさらされず、経済的にもある程度安定し、家族と仲間がいて、周りから認めてもらえている、こういった条件を満足し、日頃から上記の4つの欲求に支配されなくなったら、次の段階に進む用意が出来たとみていいでしょう。

自己実現の欲求とは?

自己実現の欲求。これは、自分の無限の可能性を最大限に生かしたいという欲求です。
注意しなければならないのは、そこに「人から賞賛されたい」という気持ちがあれば、それは自我の欲求です。ここには、無償性が含まれているのが特徴です。

現在の日本は、自己実現的な社会を作り出そうとしている起点に立っていると思われます。
そのためにはまず初めに個人の内面で実現されなければなりません。次に仲間たちのなかで共有されると、それが伝播し各個人の行動として現れてきます。

各著名人が今の日本において下記のようなテーマを掲げていることからもうなずけると思います。
「心の質の向上」岡本吏郎、「心の構造改革が必要だ」堀貞一郎、「心の時代が来る」米長邦雄

自己実現の段階に来た人達の特徴を示します。

特徴: 人類に対する同一視や同情、愛情を持っている。
対立性の解決、欲望と理性の調和
物事に対して、自己中心的でなく、問題中心的である。
文化や環境からの自律性
至高体験をしている
深い対人関係
確固とした価値体系
*至高体験
人生のなかでは特に感動的な体験、受験合格、出産、仕事の成功など、あるいは海や山を見ていて 幸福の絶頂にあるという瞬間がある。誰もが程度の差はあれ経験している体験を、マズローは至高 体験と名づけ、生活の充実や成長に対してもつ重要性を明らかにした。こういった現象に適切な言葉を与えると、より意味深く感じられ、自己実現の存在に気付きやすくなる。
人生をやり直すことはできないが、過去を変えることはできます。
私たちが見ているのは過去とつながった今の世界なのです。過去はその人が作ったルールの中での「思い」にすぎません。だから、自らの意思でどのようでもこの世界を見ることは可能なのです。
他人に対する「“恨み”“妬み”“怒り”などのマイナス感情」や「悩み」の根源はコンプレックス
(劣等感)です。自分が持っているコンプレックスというフィルターを通して他人を見ているときに起きる現象が、“恨み”、”妬み”、”怒り”なのです。マイナスの感情は自分を苦しめます。コンプレックスが無くなればこのようなマイナスの感情から解放されます。このコンプレックスを取り去るには、現実をそのまま見るようにすることです。つまり、「現実を見たいように見る」のではなく、「見たくない現実をしっかり見る」ようにするのです。
そして、自分の内から外へ向かう悪循環を自分のところで断ち切ります。コンプレックスを引きずったままでいると、それが自分と関わったものに引き継がれる可能性があります。どこかで誰かが断ち切らないと、コンプレックスが周りに循環してしまいます。このコンプレックスから解放される方法が「幸せになる方法」なのです。

その方法は「内観」です。
<内観>・・・「過去」を正しく解釈し直す!
「内観」とは、“客観的”に「内を観る」ことです。
母親、父親、兄弟姉妹、配偶者、子供など、自分の身近な人に対しての今までの関わりを、
してもらったこと
して返したこと
迷惑をかけたこと
の3つのテーマにそって過去から現在にさかのぼって調べていきます。

普通、初めに調べるのは母親です。
ほとんどの場合、子供のときにも身近にいてお世話になった人だからです。
私は小学生の頃に母親が親戚との世間話で「私は子供が好きではない。」と、話していたのを聞いてかなり強いショックを受けたことがありました。それをずっと引きずっていました。
しかし、母親が子供を好きでなくてはいけないという決まりはありません。当時の私は自分を満足させるための道具としてしか母親を見ていなかったのです。自分のルールで相手を評価し、相手が自分のルールに合っていないとして悩んでいたのです。母親が本当に子供を嫌いだとしたら、嫌いな子供の世話を自分は年中母親にさせてきたということになります。

ですから、自分の過去から現在までを振り返り、今まで自分はどういう人間であったのかということを正確に見つめ直すことが必要なのです。内観で過去の事実を受け入れることによって、現在の自分の存在を肯定し、コンプレックスから解放されていくのです。

では、「外観」との違いは、何でしょうか?
「外観」が思いつくままに過去の出来事を書き出していたのに対して、「内観」は思い出すテーマを決めていることです。外観では無意識に「してもらえなかったこと」「迷惑をかけられたこと」を吐き出していたと思います。これはこれでゼロリセット(過去を清算)するためには必要なことなのですが、ゼロリセットが済んだあとは、客観的に自分を把握するために「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」と、反対の方から認識することを試みます。

私たちは通常は自分の都合でものを見ていますから、客観的に自分を見つめる「内観」が大切なのです。これにより自分や他者への理解・信頼が深まり、自己の存在価値・責任を自覚する事によって社会生活の改善につながるのです。

さらに「内観」は、「主体的に考える」ということにつながります。
主観的ではありません。すべての出来事は自分から起きていると考えるのです。
そして、主体的に考えるというのは、人間の終欲求ともいえます。

自我欲求 までは、他人が自分を良く見て欲しいということですが、 ここまでの欲求が満たされていれば、すでに他人からの信頼を得た状態です。

次は、自分が主体となって、自分の力で、自分の核の部分を作りあげたい、 という欲求が発生するのです。
松下幸之助さんは、晩年に「主体変容」という言葉を好んで使っていましたが、 私は同義だと思っています。
ここまで来ると世界の見え方が変わります。

人は未来以外なら変えられるといいました。自分が見ている世界は、全て自分が作り上げた世界です。今までは、自分が生まれる前から勝手に世界があると思っていたのが、実は自分が見ている世界は、世界にたったひとつしかないということ。
さらに言えば、人間の数だけ世界の数は存在するということ。
だから、自分の考え方次第で世界はどのようにも変わるということ。
そして、ここまでくれば全ての問題は自分が作り出しているということに気付きます。

この終段階に常駐するために私は、とにかく「わたしが、・・・」から会話文を始めています。
あなたの立場から言うと、この世の中どこまで行ってもあなたが主役なのです。
あなたの発する言葉の主語を全てあなたにしたもの、それがあなた自身なのです。

(4)自我の確立段階での人生の目的は 1 番になることでしたが、
(5)自己実現段階での人生の目的は自分探しと言えるのではないでしょうか。


そして、私が人と会話するときには、もう一つだけ気をつけていることがあります。
それは、「誰のために」それを話すのかということ。
理由は、「わたしが、・・・」から会話文をはじめた場合に、 独りよがりになることを避けるためです。
自分を良く見せるためだけで、相手のためにならない発言を控えるため。
自慢話や的外れな情報を聞かされた相手は迷惑なだけですから・・・

今から話そうとしていることは、「『誰のために』言うのか?」と、 一度自問自答してから会話を始める。
「相手のため」になっていないのなら、話さない方がよいですから。

ここでまとめておきますね。
内観によって事実を受け入れることは、今いる自分を受け入れることです。今いる自分を受け入れることは、理想の自分との差が無くなることです。この差が無くなれば「恨み」や「悩み」の根源であるコンプレックスから解放されます。

コンプレックスとは、“今(本来の姿)の自分”と“理想(あるべき姿)の自分”のギャップから生
まれてくるものなのです。
コンプレックスから解放されることが、すなわち究極的な「幸せになる」ことなのです。

ですから、内観は「幸せへの王道」であると言えます。内観で行った内容に良い悪いはありません。
条件と結果の関係で出来事が起こっただけなのです。
過去は振り返りたくない人がいるかもしれませんが、思い出したくないことがあるということは何かを引きずっていることです。過去を整理しておかないと、同じ失敗を年中繰り返すおそれがあります。
自分を知るのが怖い人もいるかもしれません。ですが、自分のペースで知っていけばよいのです。

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